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腕利きが集まって太陽を射落とす——そんな神話があるという。
神話だから許される話だ。
人の放つ矢が太陽に届くことは、未来永劫ない。

 

 

倉澤景は、太陽を射らない。

 

 

この世の中に「枯れている」と称される高校生は、いったいどれくらいいるだろうか。
倉澤がまさにそうだと周囲に認められるには、理由がある。
「倉澤ってモテるよな」
「……は?」
自習になった授業中。
ぴっと背筋を伸ばしたまま問題を解いていた倉澤は、
クラスメイトの唐突な発言に、首を傾げた。
「いや、ガリ勉タイプじゃねーのに成績いいしさ。それで弓道部のエースって……。
聞いたぜ、ファンクラブあるんだって?」
「あのな……そういうのは、モテっていうより、
女子同士で騒ぐためのマスコットみたいなもんで…」
「っかー!もう、なんでそんなに枯れてるかな!もったいねえ〜〜」
何故と言われても、実際あまり興味がないのだ。
しかしそういう答えを望んでいるわけではないのだろうなと悟り、倉澤はただ小さく息を吐く。
「お前ら責めるなって〜」
そう言ってどしりと倉澤の背中にのしかかったのは、クラスメイトの信吾だ。
「仕方ねえだろ?ホラ、景ちゃんは俺と両想いだから……☆」
「信吾、彼女いるだろ」
頬に手をあてくねくねと身体をよじっていた信吾は、倉澤の言葉にぴたりと動きを止める。
「最近別れた……景ちゃんっ、俺をなぐさめて!!」
「お前それより、さっさと課題やれ。毎度怒られるのは俺なんだからな?」
「あは、やっぱし?悪い悪い」
「まったく……」
曰く、客観的に過ぎる。
曰く、そこそこモテる割に、女に興味がない。
曰く、面倒事をしょい込む苦労体質だ。
周囲はそう感じ、倉澤を「枯れている」と言う。
倉澤にしてみれば理由があることだったのだが、彼がそれを説明することはない。

 

 

***

 

 

息を細く吐きだし——止める。
馬手を離すと、矢はまっすぐ的に吸い込まれていく。
カン!と、射場に小気味よい音が響いた。
「ふう——」
引退してからも、倉澤は時折こうして射場に立った。
弓道は嫌いではなかった。
型のひとつひとつを決め、心を落ち着けて弓を射る——
その時は、余計な事を考えなくて済んだからだ。
「おお、倉澤!来てたのか」
「国村先生」
弓道部顧問の国村が、どすどすと足音を立てて近づいてきた。
クマのように大きい身体をしているくせに、人好きのする柔和な笑みを浮かべている。
「こないだは助かったよ。新藤のやつ、新主将になってからどうも固くなってしまってね。
だがもう大丈夫そうだ」
「そうですか……良かったです」
「さすが元主将だなぁ?世話好きと言うか、なんというか……」
「まあ、面倒事には慣れてますから。
昔から、いろいろやらかす人間が周りにいたので。」
「ははは、苦労性だなぁ。倉澤は、胃痛持ちになりそうだねぇ、はっはっは!」
「笑い事じゃないですよ…」
「けど、いい男になると思うけどねえ。今はまぁ、受験で大変だろうが……
いや、せっかくの高校生活だしね。今のうちに、得意の弓道でスパンと射止めちゃいなさいよ」
「スパンって……そんな相手いませんよ」
届かない場所なら狙うだけ無駄だ、と倉澤は思う。
太陽に向かって射る馬鹿はいないのだ。

 

 

***

 

 

昇降口を出ると、雨が降っていた。
「傘、持ってきて正解だったな……」
ため息をつき、倉澤は空を見上げた。暗い雲にうすぼんやりと光る場所がある。
“得意の弓道でスパンと射止めちゃいなさいよ”
不意に、国村の言葉が蘇った。
「………」
傘を開かず、弓に見立てて構える。
あるはずのない弦を引き、雨雲の上にある太陽を狙う。
射場で、正確に的を狙う時と同じような——
まるで本当に射落とそうとするかのような視線で、倉澤は太陽を睨みつけた。
と——そこで、機械的なメロディが鳴る。
「着信か……」
ディスプレイを見れば、倉澤を苦労性にした張本人とも言える相手からの電話だった。
用件に見当を付けつつ、倉澤は通話ボタンを押す。
「もしもし。——ああ、うん。かけてくると思った。さっきの雷だろ?」
案の定、雷が怖くてつい電話を掛けたらしい。
小さい頃から兄妹同前で育った、年上の従姉。
お互いの好きなものも嫌いなものも良く知っている。
年甲斐もなく子供っぽい従姉の面倒を見るのは、いつも倉澤の役目だった。
「あんた、いくつになっても雷が苦手なんだな。——ハイハイ、わかってるって。
どうせ動けなくなってるんだろ?どこにいんの。……駅?
じゃあ迎えに行くから、大人しく待ってて」
電話を切ると息を吐き、倉澤は傘を開く。
ビニール傘越しに見上げた空には、やはりぼんやりとした明かりがあった。

 

 

年上の従姉との関係は、昔から変わっていない。
少なくとも向こうがそう信じているのだから——
自分もそうするのが妥当なのだろう、と倉澤は思う。
何故なら、太陽に向かって射る馬鹿はいないのだから。

 

 

「だから太陽は、射らない」
倉澤はぽつりと呟き——彼の太陽を迎えに、雨の中を駆けだした。

 

 

【制服のオジサマ】本編につづく